岡山市民の文芸
現代詩 −第22回(平成2年度)−


喪失 山本 照子


油蝉が鳴いている
蝉のエネルギーが
ミクロの振動をマクロの声に変えて
電気ドリルの荒さ、速さで
私の深部に迫ってくる


羽毛のないひな鳥の無邪気さで
すべてをさらけだしていた頃
後ろを向くと人差し指があった
アセチレンガスの匂う
人の途絶えた夜店で
薄手の仮面を買った
標的を失った人差し指は
磁石の針のように
しばらく揺れていた


仮面は買い換えるたびに
だんだん厚くなっていった


油蝉が鳴く
わたしの深部にどんどん迫ってくる


貫かれた身の奥から
悲鳴のような声が聞こえてきた
  仮面を取ってください
  息苦しいです
始めて聞く声だ


一気に仮面をはぎ取った
いつか芝居小屋で見た
自己を喪失して
おじぎをくり返す
紫のちゃんちゃんこを着た
猿の顔があらわれた



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