岡山市民の文芸
現代詩 −第17回(昭和60年度)−


九月 福井 一美


秋が応接間のガラス戸に
透き通った画布にして
大きく光る樹の葉影を早朝に描く
虫の音がかそけく霧のように
室内へ流れ入る時そこへ描きかけた
レースの帽子に日輪草を抱いた
白い服の少女像が微笑する


夫は書を読み
娘はまだ海の響きを懐しむように
何処かで名残りの夏を聞いている
「動かないで」という私に
「秋を集めるの」という彼女
整った音の生成の散乱が
異国の黒き盤より湧き出でて
重き時の海の空と波動とを青く映し
枯葉は秘やかに土に舞い秋霖を吸い上げ
夏は潮のごとく彼方へあてどなく
押しやられ引き下がる
ジャン・コクトーの二行詩が
私達の耳にも果てることなく
海の響きを甦らせ
秋と夏の季節の狭間で
未完で終わらせてしまった
追憶への濃い光が鋭く
最後の私の数筆を内から拒絶している


そして今
モーツアルトの弦楽五重奏曲だけが
我々の静かなる視線へ集積していき
一人一人の心に溶け合って
巨いなる明るい陽光へ誘い出し
それぞれのバロールの振子は
版画のごとき曳航へと
午後へ向かって雪崩れ落ち
うた くびき
過ぎ去る は画集の中へ手折らるる 軌に
藍と金木犀の薫りとをたぎり来させ
我記憶の襞に耽視の鉈を彫りつけていく



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