岡山市民の文芸
現代詩 −第17回(昭和60年度)−


憧憬 中尾 一郎


こうして ひとり
雨の呟きを聞いていると
存在だけが 体温と共に
水墨画の中の 一つの情景となって
故郷の山々の中に
溶け込んでいく


 私を抱きあげて
 私の生きている重さを感じて
 仕合せだと 云ったあなた


 互いの想いが 季節に染まっていって
 枯葉色の木の葉たちといっしょに
 風の向こうに 飛び去ってしまった


秋の夜だというのに
一匹の甲虫が 光を求めてきた
落葉の下で暮らすのは
光へ向かって翔ぶよりも
苦しいことなのか


 心 通い合い
 ただ見つめるだけで 話ができる
 黙って何時間でも お喋りできる
 そんなあなたと 暮らしたかった


 夢は はかないから美しい
 だからこそ
 あなたと いっしょに生きたかった


想い出が
窓に 腰かけて
風の歌を聞いている


空気が 透き通って
心が 透明になっていく



短歌俳句川柳現代詩随筆目次
ザ・リット・シティミュージアム