岡山市民の文芸
現代詩 −第17回(昭和60年度)−


コノハチョウ 塩見 のり子


萌黄色の葉うらに
いのち
いま ひとつの 生命 がうまれた


太陽は樹々に惜しみなくふりそそぐ
枝は幾重にもかさなり
網の目のような空
風は梢を揺らすだけで
葉ずれの音や
小枝のゆらぎさえもみせない


したたる緑のなか
脱皮をくりかえす蝶の幼虫
そのすがたはつややかで黒い
蛹になる前の幼虫は
木の枝を足場にして糸を吐く
からだは命網の先端へぶらさがる
大きく つよく
振り子のように
それは地上に転落する危険を
孕みながらの脱皮で
まさに生と死とのわかれ道だ
目前にみるこの小さな生命の滴りを―
『どうかうまく脱皮できますように』
わたしは祈りつづける


蛹は枝を伝い選ぶように葉うらへと移動する
やがて羽化が近づく
風は力を弱め蛹にむかって
せいいっぱいの拍手をおくる
光は慈愛にみちたまなざしで
あふれる賛歌をおくっていた
羽化した蝶は全身に生命がみなぎりはじめる
前ばねの先は尖り橙色の斜帯
はねの裏には
典型的な枯れ葉模様のみごとなすがた
擬態を宿命として
ひたすら生きるけなげな生命
その名はコノハチョウ
肩書きは誇り高い沖縄の天然記念物
コノハチョウの旅立ちがはじまる



短歌俳句川柳現代詩随筆目次
ザ・リット・シティミュージアム