岡山市民の文芸
現代詩 −第15回(昭和58年度)−


ある黄昏 牧野  薫


 ベッドを斜に起して
病室のガラス窓をキャンパスにしたら
南側の鉄工所の屋根の端から
かすんだやまなみが見え
その麓には働く人々の鼓動を秘めた屋並の
壁面が
五月の夕映の中に身を沈めている異国の絵に
なった
 うろこのような瓦の丸みに次第にすみれ色が
はいのぼる
 ベッドの上から眺める景色は しかしなんと
物悲しい貌色なのだろうか?
行きあぐねたエトランゼは
ぼんやりと 隔絶された孤独の中に甘えて
暮色に犯されはじめた心をのぞき込む
 又あの長い暗みのトンネルへ吸い込まれる
苦悩のうずき
 細い体に黒い鎖がぐるぐると巻きつき
身動きが出来なくなる
長い沈黙―
コッコツと遠慮がちなノックの音に
私の心に灯がともり
そのまぼろしの異国の絵は
目を細めたふる里の景色となって
きらきらと残照の中で輝いた
ふるさと色のあたたかさ…



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