岡山市民の文芸
現代詩 −第14回(昭和57年度)−


スプリンター 板野 博行


ピストルが高く差し上げられる
その時
スプリンターにとって
百mとはどんな距離なのか
彼の横顔は何も語らない
ただ
その時だけ彼のまわりの雑音は消える
ゴールなんか見ていない
彼の目は果てしないものを追っている


何度も走った
いつも変わらない百mを
くり返し
くり返し
ただ速く
速く走るために


風景は風に溶け込み
風は彼を巻いて
いたずらに微笑みかける
スプリンターは百mを力強く大地を蹴って走る
まるで人生のように
十秒とちょっとの間
彼は世界に愛され
世界を彼は抱きよせる
十秒とちょっとの間
彼は長い旅をする



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