岡山市民の文芸
現代詩 −第13回(昭和56年度)−


狐花 田中  清


真っ赤な袋帯を
力一ぱい走らせたような花
さながら狐のお嫁入りのように見えて
一つ二つと十までを何度も数えて行った
幼い日の思い出から現実に瞳を戻せば
この花の赤い暗さが解剖室の入口のようで
とても此世のものとは思えない
棚田の畔道を塗り潰している 曼珠沙華


真っ赤な絨緞を
無造作に放り出したような花
それは一見綺麗に見えても
手にして見る美しさとはお世辞にも云えない
さながら慟哭に耐えているような花
悲しげな吾が容姿を知っているのだろうか
あの世とやらでなら受けるかも知れないに
広い山裾を寒々と炎やしている 彼岸花


真っ赤な血液が
どくどくと今にも吹き出しそうな花
出会い頭に見れば横隔膜が痙攣し兼ねない色
もの心ついた頃のうすれた記憶の隅に
その鮮烈な原色に魅せられて
手折って見たら獣の匂いが強く鼻を刺した花
大方狐が尻っ尾を立てていたのだと思った
まるであの世へ連れて行かれそうな
妖気が墓域の総てを圧し包んでいた 狐花



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