岡山市民の文芸
現代詩 −第11回(昭和54年度)−


秋ニ題 大森 よしえ


  その一


町角で偶然あなたに逢った
その日 別れて帰る道すがら
わたしはわたしの手のひらを見た
てのひらだけが年を取ったように
しわが刻みこまれて 固い


あなたの肉の厚いてのひら
いつも手のひらには窪みがあった
たわむれに 町の易者に見て貰ったら
お嬢さん 素適な掌ですね
この窪みはじっとしていても
お金が溜ります……と
嬉しいような困った顔をして
見料を払うのもそこそこに立ち去った
遠い日のこと
何年経っても わたしはあの日の
あなたとてのひらを忘れない
お金溜ったの?
一度聞いて見たい言葉だのに
何故か いまのあなたには聞けない
なりふりかまわないで幸せになりたいと
一生懸命生きて来ました
お互いに白いものが頭にちらついて
ああもう若くはないのね
お金よりも どんな幸せよりも
時間が欲しい わたし達
てのひらの窪みに いまは
秋がしのび込んで
あの町角にはもう易者は居なかった




  その二


縫針へ糸がとおらない
二度、三度あせればあせるほど
針の穴はそっぽ向いたように
糸はから回りする
目がちかちかしてもうこれまでという
ぎりぎりのとき、さっと糸がとおった
かんしゃく玉が破裂でもしたら
たまったものではないと
針も糸もさっと身をかわしたのだろう
私は苦笑しながら それでもほっとして
ありがとうと呟いた
糸をとおすこと位 言って下されば
とうしてあげますのに……
親切な言葉が返ってくるけど……
かんにん袋を繕う糸だもの
頼めアしないと もう一人の私が呟く
おばあちゃん いつになると死ぬるん?
いきなり孫の問いに私はぎくっとした
その昔 私は母に お母さんを
いつからおばあちゃんと呼ぶの
その時のびっくりした母の顔が浮かんだ
そうね いつ死のうか
いつ死んだらええじゃろうかな
おばあちゃん 死んだらいけん いけん


柿が少しずつ色づきて 稲穂は重そうに
首をかしげている
いよいよ秋本番
また死ねないと呟きながら わたしは
命綱をたぐりよせる
わたしにはまだしなければならないことがある
わたしはそわそわと立ちよった
みじかい秋の陽ざしの中に    
   


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