岡山市民の文芸
現代詩 −第11回(昭和54年度)−


我が子への鎮魂歌 牧野  薫


あゝ又コトコトと乾いた音が聞こえる……。
お前が淋しがっている。
現世の忙しさにふっとお前を忘れかけると
かならずコトコトと耳許でささやきかける。
無理もない
お前はまっ暗な室間を唯一人でさまよっているのだから
たった二時間の生の世界で何を得たか?
生れ出る苦しみと死への苦しみ
唯一声の産声と必死に生命をつかもうとしていたあの小さな手、細い細い足首
白衣の胸にいだかれて扉に消えた姿が最後だと知っていたなら
お前をしっかりと抱きしめたであろうに……
あれから十年
お前との絆は耳の底のコトコトという音のみ…
あまり淋しがらないでおくれ。
いつの日にか必ずお前をこの胸に抱き取ってやろう。
はてしない暗黒の中のけしつぶのようなお前でも……
それより他にお前にしてやれるものは何も無いから。
その時はじめて私は許されるのだろうか?
   


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