[2026年6月29日]
ID:82156
3世紀から5世紀にかけて、岡山・倉敷・総社にかかる地域は古代吉備国の中枢として繁栄しました。その裏付けとなるのが吉備に築造された造山古墳をはじめとする巨大な古墳です。全長350mの超巨大古墳である造山古墳の築造に至る中で、吉備には前後して全長100mを超える9基もの巨大古墳を継続的に築造できるほどの権力がありました。
歴史的に重要な巨大古墳ですが、樹木に覆われた古墳の測量には多くの時間と労力がかかり、これまで保護や活用の基礎となる測量図の整備が課題となっていました。そこで、これらの巨大古墳を3次元レーザー測量という最新の方法を用いて令和7年度に墳丘の計測を実施しました。その成果を順次公開していきます。
平面図と立体図は、立体感と地形の凹凸をわかりやすく示すため、赤色で表示しています。また、平面図は上が北になります。
所在地:岡山市東区浦間・浅川
墳形・規模:前方後円墳・墳長138m
時代:古墳時代前期(3世紀中頃)
丘陵を利用して築かれた古墳で、前方部がバチ形に大きく開きます。後円部の高さは13mから14mで、盗掘された中央部には竪穴式石室があり。古墳の平面形が邪馬台国の卑弥呼の墓といわれる奈良県桜井市の箸墓古墳の1/2の相似形になっています。同様の古墳は各地で築かれていますが、畿内以外では最も規模が大きい古墳です。測量図では後円部西側の段築や中央の盗掘坑、バチ形に開く前方部の姿がよくわかります。
所在地:岡山市中区沢田・円山
墳形・規模:前方後円墳・墳長158m
時代:古墳時代前期から中期(4世紀末から5世紀初頭)
操山に築かれた前方後円墳です。築造当時は中四国九州で最大の古墳でした。後円部は高さが18mあり、墳頂には二つの竪穴式石室があります。横穴式石室と異なり、閉鎖されていることが多い竪穴式石室が見学できます。古墳のくびれ部の東側には島状遺構(古墳本体と土橋でつながった祭壇のような場所)、西側には造り出し(古墳に直接取り付く、祭壇のような場所)がみつかっています。これまでの発掘調査によって、墳頂や造り出し、島状遺構で多種多様な形象埴輪(盾や家などをかたどった埴輪)が、石室からも多種多様な副葬品が見つかっています。吉備の地域首長の実態とその動向、ヤマト政権の政治的動向を考える上でも重要な古墳です。
令和8年秋に国史跡に指定される予定です。
残り7基の古墳も順次公開予定です。
所在地: 〒700-8544 岡山市北区大供一丁目1番1号 [所在地の地図]
電話: 086-803-1611 ファクス: 086-803-1886