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消防のあゆみ

1 藩政時代

 寛永19年(1642年)10月岡山藩は「火事之節法度之条々」制定、延宝2年(1674年)7月に「町方失火罰則」を設け、次いで延宝6年(1678年)7月に火事の事前警戒措置として「立番」を設け、町内に4人程度の立番制をしいて火の用心回りをした。
 貞享2年(1685年)12月には城下の火事に対する環境施設として,近在に「火之番小屋」を置き、「郷中火防夫」を定めた。
 貞享3年(1686年)には岡山藩の「火警法」に「町火消」に関する定が載り、火事場に繰り出す火消衆の数を制限し、また野次馬厳禁の示達を出している。この「町火消」は城下火事の場合には町奉行の指揮により消火に従事した。

2 明治時代

 明治維新の大業なり、諸制度の一新により消防も大きく変改され、明治7年(1874年)3月に在来の町火消を消防組に改組し、次いで明治11年(1878年)岡山県令に基づき消防組を再編成した。
 明治15年(1882年)には岡山区消防組規制を改正し、消防体制の強化を図り、2年後の明治17年(1884年)には消防ポンプ3台を購入した。
 明治22年(1889年)6月1日岡山市制施行により消防組織の強化を図り、明治24年(1891年)7月には「岡山市消防隊規則」を制定した。
 明治27年(1894年)2月勅令第15号により、「消防組規則」が公布されたことによって、同年5月既設の消防隊を解消し、岡山消防組を組織し、同じ頃西大寺地区にも消防組が組織された。

3 大正時代

 大正3年(1914年)英国製蒸気ポンプを購入し市役所に設置、機関士3名を常勤とした。
 大正12年(1923年)2月岡山西消防組の設置により、岡山東・西消防組制度を確立した。
 大正13年(1924年)1月自動車ポンプ1台購入し、同時に望楼勤務を開始した。

4 昭和時代

岡山消防組

 昭和5年(1930年)1O月1日、岡山東・西消防組を統一し、全市を管轄する岡山消防組を設置し、新たに常備部を設ける。東中山下に本部を置き、詰所を大供、奉還町、旭東の3か所において、自動車ポンプ4台、部員31名をもって交替勤務制とした(消防署の前身となった)。

警防団

 昭和14年(1939年)4月1目警防団令の交付により、岡山市警防団、西大寺警防団を結成した。岡山市警防団は、団本部、常備消防部、16分団、団員2,182名をもって組織された。
 昭和20年(1945年)4月岡山市警防団は、し烈な戦局に対処するため、岡山東・西警察署の管轄区域に区分し、岡山東・西警防団の2団制をとり、太平洋戦争終了後まで続いた。

消防団

 太平洋戦争後において消防組織は強化されることとなり、昭和22年(1947年)消防団令が公布され、同年11月1目消防団は1団、常傭消防部16分団、総人員1,507名をもって発足した。

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