因州池田家系図 (城主期間 慶長8年から寛永9年)

家  紋
画像 丸に揚羽蝶(因州蝶) 画像 三つ葉葵
丸に揚羽蝶
(因州蝶)
三つ葉葵
(徳川家から下賜)
州池田家は、池田輝政の次男忠継を祖とし、その没後、弟忠雄が跡を継ぐ。忠継・忠雄とも母が徳川家康の娘富子(督姫)であり、家康の外孫にあたるため厚遇され、幼くして大名に取り立てられ、松平の称号も許されている。3代光仲の時岡山から鳥取へ移封、32万石を領し、明治を迎える。光仲隠居の時、子の仲澄に鹿奴2万5000石(のち3万石)を、綱清の代に弟清定に若桜1万5000石を分与しているが、ともに分家の小大名ながら松平の称号を許されており、親藩大名並みの待遇を受けていた。なお、池田家は岡山の本家、その分家(鴨方・生坂・福野)を合わせ7家の大名家を擁しており、外様大名としては有数の発展を遂げた。

写真 鳥取城 写真 因州池田家江戸屋敷門 因州池田家居城・鳥取城(左)
鳥取市久松山麓にあり、今は久松公園となっている。石垣・堀以外には城門が一棟残るのみ)

因州池田家江戸屋敷門
江戸城馬場先門前の大名小路(現:千代田区丸の内三丁目)にあったものを上野公園内に移築。大大名屋敷門の豪壮な趣を伝える貴重な遺構。
忠継 忠雄

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