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(1月~3月)「第33回坪田譲治文学賞記念 坪田譲治展  坪田譲治と小穴隆一:名作『子供の四季』の背景」

会期 平成30年1月5日(金)~3月4日(日) 
    毎週月曜日休館(ただし1月8日(祝日)と2月12日(振替休日)は開館)
会場 岡山市立中央図書館2階 視聴覚ホール前展示コーナー(入場無料)

執筆者と挿絵画家の協働をめぐって

 岡山市立中央図書館は、岡山市出身の児童文学者、坪田譲治(明治23年~昭和57年)が没した翌年(昭和58年)以降、遺族からゆかりの資料を多数寄贈されており、一部分を常設展示するほか、岡山市主催の坪田譲治文学賞の発表時期にあわせて、例年、企画展示を行っています。
 今回は、坪田文学の中でも傑作との評価が高く、戦前期に文壇に名声を確立した『子供の四季』(昭和13年)を取り上げて、この作品の装丁・挿絵を担当した洋画家の小穴隆一(おあなりゅういち 明治27年~昭和41年)との関係を軸に紹介します。

(1)『子供の四季』とその背景

 『お化けの世界』(昭和10年)と『風の中の子供』(昭和11年)に続き、坪田譲治の戦前期の代表作をなすこの作品では、会社の経営権をめぐる争いに巻き込まれた家族が苦悩する中で、子どもたちの善太と三平を小説の主人公に選び、無垢で純真な子どもたちの視点から社会の矛盾が鋭く描かれており、彼が得意とする小説手法が見事に発揮されています。
 実家の島田製織所の経営から離れることを余儀なくされた坪田譲治は、東京で文学ひとつで身を立てようとするものの、極度の困窮に追い込まれていました。しかし昭和10年に『お化けの世界』が評価を得てから『風の中の子供』と『子供の四季』までの3作が世に出たことで、彼の生活はようやく安定し、文学者としての名前を広く世間に知られるようになりました。
 『子供の四季』は、最初は小穴隆一の挿絵とともに昭和13年1月1日~6月16日に都新聞(現在の東京新聞)の連載小説として発表され、昭和13年8月に新潮社から単行書として刊行されましたので、ちょうど今年は初出から80周年になります。
 単行書の装丁(箱と表紙の装飾)では、箱の濃い桃色と本の表紙の緑色が鮮やかな対比をなしていて、箱から本を取り出したとき、ちょっとした驚きを感じます(展示品は経年劣化により、いくぶん色あせていますが)。こうした色彩豊かで大胆なデザインの装丁と、新聞連載から引き継がれた挿絵と本文が混然一体となり、書物の魅力が生まれています。
 また、当館には坪田譲治の長男の坪田正男氏から寄贈された『子供の四季』の冒頭部分の原稿があります。これはノートルダム清心女子大学の山根知子教授の研究(「坪田譲治 草稿「子供の四季」(岡山市立中央図書館所蔵)―解題と翻刻―」『ノートルダム清心女子大学紀要 日本語・日本文学編』第31巻、第1号、平成19年、25~37ページ)で新聞連載の前の草稿と推定されたものですが、早い段階では小穴隆一との連名になっていたことや、『少年の四季』という題名も一時は思い浮かんでいたことがわかり、坪田が文を的確に推敲し、きびきびとした文体に仕上げて行く過程もよくうかがわれます。

『子供の四季』(昭和13年、新潮社)の初版本の画像
『子供の四季』(昭和13年、新潮社)の初版本

<展示品>

坪田譲治 『お化けの世界』 昭和10年(初版本)、竹村書房
 坪田正男氏寄贈品(びわの実文庫旧蔵書)
 小穴隆一との協働ではありませんが、坪田譲治が初めて文壇で認められた作品として参考展示しています。

坪田譲治 『子供の四季』 昭和13年(初版本)、新潮社、装丁と挿絵:小穴隆一
 坪田家からの寄贈品(びわの実文庫の蔵書印なし)

坪田譲治 『子供の四季』 昭和44年(前記の本の復刻本)、日本近代文学館、装丁と挿絵:小穴隆一
 坪田家からの寄贈品(びわの実文庫の蔵書印なし)

坪田譲治 『子供の四季』 冒頭部分の手書き原稿
 坪田正男氏寄贈品

写真パネル 「雑司ヶ谷の自宅にて」(撮影時期:昭和27年頃)
 坪田正男氏寄贈品

(2)坪田譲治と小穴隆一

 現在の長野県塩尻市出身の両親のもとに生まれた洋画家の小穴隆一(明治27年~昭和41年。実際に生まれたのは父の任地の長崎県)は、小学校を函館で終え、洋画家を志して旧制開成中学を中退したのち太平洋画会研究所で学び、中村不折に師事しました。はじめは太平洋画会や二科会に出品しましたが、やがて梅原龍三郎や岸田劉生も参加した春陽会へ小杉放庵を慕って移り、そこで中心的な画家となって活躍しました。
 坪田譲治の作品の挿絵や装丁を受け持つ前の小穴は、むしろ芥川龍之介との交友で有名で、昭和2年に芥川がガス自殺したとき、遺書によって2人の遺児を託されたくらいの深い関係でしたし、芥川のほとんどの作品が小穴の挿絵や装丁によって発表されています。
 小穴はその後も坪田譲治、宮沢賢治、室生犀星など、多くの文学者の作品の挿絵や装丁を手がけましたが、坪田譲治については『子供の四季』(昭和13年)での成功の後も、坪田の他の作品や『子供の四季』の復刊の際などに、しばしば絵筆をふるいました。
 坪田譲治の遺族から当館へ寄贈された油彩の肖像画は、「T君」という題名で小穴が昭和16年の春陽会展へ出品した彼の佳作のひとつです。長年の苦労が報われて文壇で名をなすことができた坪田が、小説家として歩んでゆくみずからの道に、ようやく深い自信とゆとりを得た頃の風貌を、よく写し出しています。色鮮やかなタペストリーのような模様を背景にして、やや地味な色あいの和服と、黒髪や、煙草を持って立てた右腕に光が強く当たっている様子が巧みに描写されていて、臨場感が醸し出されています。壮年期の、気力が充実していた頃の坪田譲治の、目元をかすかに微笑ませた表情が捉えられています。

小穴隆一『T君』(坪田譲治の肖像画、昭和15年頃)の画像
小穴隆一 『T君』 (坪田譲治の肖像画、昭和15年頃)

 なお、坪田家から当館へ寄贈された書物は、坪田譲治が晩年に児童文学の研究のために自宅の敷地内へ開設した「びわの実文庫」の蔵書となっていたものが大部分ですが、中にはその蔵書印を欠くものもあり、それらについては、はっきりしたことはわかりませんが、譲治の手元にあった可能性も考えてよいかも知れません。

<展示品>

小穴隆一 『T君』 キャンバスに油彩、額装
 坪田正男氏寄贈品
 昭和16年の春陽会展に出品された坪田譲治の肖像画です。とすれば、制作はおそらくその前年の昭和15年頃かと推定されます。

宮沢賢治 『風の又三郎』 昭和15年(第3刷)、羽田書店、解説:坪田譲治、画:小穴隆一
 坪田正男氏寄贈品(びわの実文庫旧蔵書)
 昭和14年に初版が出された本の第3刷です。これには、坪田譲治が解説を書いているので、少し壊れたところがあるが大切にしてほしい、というような内容の、坪田正男氏による添え書きが挟み込まれていました。

宮沢賢治著、坪田譲治解説、小穴隆一画『風の又三郎』の箱の画像
宮沢賢治著、坪田譲治解説、小穴隆一画 『風の又三郎』 の箱

宮沢賢治著、坪田譲治解説、小穴隆一画『風の又三郎』の表紙の画像
宮沢賢治著、坪田譲治解説、小穴隆一画 『風の又三郎』 の表紙

坪田譲治 『善太と三平』 昭和15年、童話春秋社、装丁:小穴隆一、挿絵:中谷泰
 坪田正男氏寄贈品(びわの実文庫旧蔵書)

坪田譲治 『七人の子供』 昭和18年(初版)、童話春秋社、装丁:小穴隆一、挿絵:中尾彰
 坪田家からの寄贈品(びわの実文庫の蔵書印なし)

坪田譲治 『虎彦龍彦』 昭和17年(初版)、新潮社、装丁と挿絵:小穴隆一
 昭和52年度購入本

坪田譲治 『虎彦龍彦』 昭和23年、桐書房、装丁:中川一政、挿絵:小穴隆一
 坪田正男氏寄贈品(びわの実文庫旧蔵書)

『虎彦龍彦』(昭和23年版)の中にある、小穴隆一の挿絵の画像
『虎彦龍彦』(昭和23年版)の中にある、小穴隆一の挿絵

坪田譲治 『短編集 一人の子供』 昭和23年(初版)、小峰書店、装丁:小穴隆一
 磯部俊雄氏寄贈品

坪田譲治 『春の夢 秋の夢』 昭和24年(初版)、新潮社、装丁と挿絵:小穴隆一
 昭和52年度購入本

坪田譲治 『四羽の小鳥』 昭和24年(初版)、新潮社、装丁と挿絵:小穴隆一
 豊岡雍氏寄贈品

坪田譲治 『子供の四季』 昭和27年、あかね書房、装丁と挿絵:小穴隆一
 坪田正男氏寄贈品(びわの実文庫旧蔵書)
 あかね書房の「世界絵文庫」シリーズで復刊された本ですが、同じコンビで造本されています。

(3)坪田譲治のもとにあった小穴隆一の随筆

 小穴隆一は、俳号を一游亭と称し、俳人としても多彩な活動を行っていたほか、優れた随筆の書き手としても知られています。
 坪田譲治の没後に坪田家から当館へ寄贈された多数の坪田譲治の関連遺品の中には、2人の友情を証しするかのように、小穴隆一の随筆集が3冊含まれていたほか、譲治の三男の坪田理基男氏からは、小穴隆一の随筆の原稿が2点、寄贈されています。

<展示品>

小穴隆一 『鯨のお詣り』 昭和15年(初版)、中央公論社、装丁と挿絵:小穴隆一
 坪田正男氏寄贈品(びわの実文庫旧蔵書)

小穴隆一 『白いたんぽぽ』 昭和28年(初版)、日本出版協同株式会社、装丁と挿絵:小穴隆一
 坪田正男氏寄贈品(びわの実文庫旧蔵書)
 表紙をあけると、坪田譲治への献辞(「坪田譲治様 隆一」)が記されています。

小穴隆一 『二つの絵 芥川龍之介の回想』 昭和31年(初版)、中央公論社、カバー:小穴隆一、装丁:恩地孝四郎
 坪田正男氏寄贈品(びわの実文庫旧蔵書)
 新書サイズの小さな本ですが、小穴が芥川の思い出を書き記した、誰もが気になる一書です。
 シリーズの本の1冊として出版されたので、本の表紙は恩地孝四郎の装丁によっていますが、小穴がデザインしたカバーが当初はつけられていました(現在は失われています)。

小穴隆一 『童話作家と故郷』 手書き原稿(8枚)
 坪田理基男氏寄贈品
 童話作家の宮沢賢治、坪田譲治、浜田廣介について、それぞれの故郷を訪ねたときの思い出をたどり、童話作家が紡ぎ出す世界と、生まれ故郷との関係について、随想を巡らせたものです。

小穴隆一 『とりとめもないこと』 手書き原稿(5枚)
 坪田理基男氏寄贈品
 坪田譲治の案内で彼の故郷の岡山を訪ね、『子供の四季』をはじめとする数々の作品の着想原となった場所を巡ったときの思い出が書き記されています。

(4)坪田譲治の書斎から

 豊島区雑司ヶ谷の坪田譲治の書斎にあった二曲の屏風を展示しています。
 屏風は、坪田譲治と深い交友のあった作家や画家たちの色紙、短冊、扇面、装丁画が貼り交ぜられたもので、小穴隆一もその中の一人を占めていますが、『子供の四季』の装丁画が用いられている点に2人の関係が象徴されているかのようです。

<展示品>

二曲貼り交ぜ屏風
 坪田正男氏寄贈品
 正男氏から寄贈された2点の屏風のうち、下記の写真パネルにも写っている小さいほうを展示しています。
 作品が貼り交ぜられている作家の名前は下記のとおりです。

  野間仁根(のま ひとね 画家、明治34年~昭和54年)
  小田嶽夫(おだ たけお 小説家、明治33年~昭和54年)
  尾崎士郎(おざき しろう 小説家、明治31年~昭和39年)
  室生犀星(むろう さいせい 詩人・小説家、明治22年~昭和37年)
  宮崎白蓮(みやざき びゃくれん 歌人、明治15年~昭和42年)
  小穴隆一(おあな りゅういち 画家・俳人・随筆家 明治27年~昭和41年)
  井伏鱒二(いぶせ ますじ 小説家、明治31年~平成5年)
  壺井繁治(つぼい しげじ 詩人、明治30年~昭和50年)

写真パネル「雑司ヶ谷の書斎にて」(撮影時期:昭和30年8月)
 坪田正男氏寄贈品

「雑司ヶ谷の書斎にて」屏風を背にくつろぐ坪田譲治(写真パネルで展示)の画像
「雑司ヶ谷の書斎にて」屏風を背にくつろぐ坪田譲治(写真パネルで展示)

二曲貼り交ぜ屏風の画像
二曲貼り交ぜ屏風

文机(小机)
 坪田理基男氏寄贈品
 寄贈元が異なるので、屏風とは別の場所(家)にあったものかとみられます。
 理基男氏からは大小の机が寄贈されていますが、これは小さいほうのものです。

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