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「図書館所蔵資料で見る高松城水攻」(平成25年6月開催)

(期間) 平成25年6月2日(日)~6月30日(日)
(場所) 岡山市立中央図書館(岡山市北区二日市町56番地) 2階特別展示コーナー

高松城水攻とは

1582(天正10)年、羽柴秀吉が中国へ進出したとき、毛利氏の第一線基地高松城を3万の軍勢で包囲し、城将・清水宗治は5000の兵でたてこもった。
秀吉の将・黒田官兵衛は、水攻めを進言し、門前村から蛙ヶ鼻までの東南2600m、堤の高さ6.5mの大堤防がわずか12日で完成。
足守川をせきとめて堤内に流し込んだが、梅雨期で増水した濁流は、人口の大湖沼をつくった。
本能寺の変後、秀吉は清水宗治の切腹、高梁川以東の地域を譲ることを条件として毛利氏と和睦した。
6月4日、宗治は他の武将とともに、「浮世をば 今こそ渡れ 武士(もののふ)の 名を高松の 苔に残して」の辞世の句を吟じて切腹、合戦は終わった。
 (『岡山県大百科事典』下巻(山陽新聞社,1980.1)61ページより)

「国指定史跡 高松城跡 附水攻築堤跡」説明看板(高松城址公園)
「国指定史跡 高松城跡 附水攻築堤跡」説明看板(高松城址公園)

高田馬治先生の御前講演

昭和5(1930)年11月、岡山・広島両県で陸軍特別大演習が行われたときに、高松農学校教諭 高田馬治(たかたうまじ)先生が、昭和天皇に高松城水攻めに関する御前講演を行いました。
その時の説明に使用された「高松城趾図」(245cm×165cm)、「高松城水攻戦図」(250cm×200cm)を展示します。
この他、高田馬治先生による「御前講演奉呈戦史録」、「御前講演原稿」、「御前講演の大任を果して」なども展示します。
(これらの資料は、昭和61(1986)年に「高田文庫」として岡山市立中央図書館に寄贈されたものです。)

(参考)御前講演のスケジュール(「御前講演前関係日誌の概略」より一部抜粋)
 10月10日 御前講演用地図二面の製図を県立工業学校に依頼す。
 10月25日 地図出来上る。
 10月27日 地図の図解を角南忠雅君に依頼す。
 10月29日 地図の表装を板野氏に依頼す。
 11月 9日  奉呈書の浄書を終る。
 11月16日 御講評場たる高松農学校教室内に於て午前10時35分より11時5分まで御前講演の大任を果す。

「高松城趾図」
「高松城趾図」

「高松城水攻戦図」
「高松城水攻戦図」


月岡芳年筆「高松水攻築堤の図」

月岡芳年(つきおかよしとし)は、幕末から明治前期にかけて活躍した浮世絵師です。
無残絵の画家としても有名で、「最後の浮世絵師」と呼ばれることもあります。
この月岡芳年による「高松城水攻築堤の図」を展示します。

月岡芳年筆「高松水攻築堤の図」
月岡芳年筆「高松水攻築堤の図」

(参考)高松城水攻についてのリンク

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