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こんなにあります農業用施設

水路、ため池、農道、樋門等の農業用施設を紹介しています。

農業用施設が多いわけ

 標高の高い所では農業用ため池、平地においては岡山県三大河川(吉井川、旭川、高梁川)を水源として、用排水路は延べ延長約4,000キロメートル、ため池は約1,400カ所あり、農業用水を取水・排水したり分岐・分配したりするための樋門は約4,000カ所、揚排水機場は約100カ所あります。

気象条件

 岡山市の気象庁観測の平年値において日降水量0.5ミリ以上の日数が全国一少なく、日降水量1.0ミリ以上の日数においても76.1日と県庁所在地としては最も日数が少ない土地柄であり、晴れの国おかやまの中心地です。
 しかし、雨の降る日が少ないからこそ農業用施設の存在は重要です。

地形条件

 北は吉備高原の丘陵地、中央に広大な岡山平野、南は児島半島という三つに大別されます。平野部は三大河川(吉井川、旭川、高梁川)の沖積作用によってできた浅瀬(吉備の穴海)を農地とするため、16世紀末からの干拓事業によって急速に拡大してきたもので、なかでも興除地区は明治時代、浦安や藤田などは昭和になってからの歴史の浅い干拓地です。

 児島半島も、元々は瀬戸内海に浮かぶひとつの島でしたが、陸地の拡大によって約400年前に陸続きになったものです。
 干拓の目的は農地の拡大であったため、こうしてできあがった岡山平野は、大変広いもののゼロメートル地帯が圧倒的に多く、かつ河川や水路が非常に多い土地柄になっています。

農業用施設の紹介

  • 水路
  • ため池
  • 樋門
  • 揚排水機
  • 農業用河川工作物
  • 頭首工
  • 農業用ダム

水路の写真
水路の写真

樋門の写真
樋門の写真

妹尾川排水機場の写真
妹尾川排水機場の写真

坂根堰の写真
坂根堰の写真

黒谷ダムの写真
黒谷ダムの写真


おどろきの農業用施設

 市域南部の平野部は低平地であるため農業用水の取水位置は北に位置し、旭川にあっては北区玉柏にある旭川合同堰ですが、吉井川では備前市坂根にある坂根堰、高梁川では総社市井尻野にある高梁川合同堰(湛井堰)という市外の堰から供給を受けています。高梁川そのものは岡山市内を流れていませんが、高梁川の水は農業用水として岡山市内を流れています。

水路

西川用水の写真
西川用水の写真

西川用水
 旭川の合同堰から水を取り入れ、岡山市街の中心部を流れ下流の農業地域(福田・浦安など)に農業用水を供給する全長16kmに及ぶ農業用の水路です。市街地の中心を流れる西川の水と水辺は、多くの関係者の努力により、美しい景観を生み出し、水に親しみ四季を通じて花や生き物にふれあうことが出来、人々に「うるおい」と「やすらぎ」をもたらす貴重な空間として親しまれています。

疎水百選の一つに選定されています。

なお、用水路沿いの緑道公園は都市整備局庭園都市推進課が担当です。


樋門

倉安川 吉井水門の写真
倉安川 吉井水門の写真

倉安川 吉井水門
 岡山藩主池田光政の命により、津田永忠が1679年(延宝7年)に掘削したもので1年間という短期間で完成したものです。
完成以来約300年の間壊れることなく、今も当時の姿をそのまま残してます。


児島湾干拓遺産

 明治維新後、士族授産対策として計画された児島湾の干拓事業は、明治14年、内務省がオランダ人技師ムルデルに児島湾干拓の調査を諮問した。しかし6,000ヘクタール余という児島湾の七割を埋めるような計画に維新政府は資金難に理由に拒否、開発は大阪の豪商・藤田組の藤田傳三郎の手に委ねられることになった。

 藤田組は明治32年から昭和16年までかけて、一、二、三及び五区計約2,970haを干拓。昭和14年に着工した六区(920ha)は、その後中断、昭和24年に農林省が引継ぎ30年に完成。また、七区(1,670ha)は、昭和19年に農地開発営団により着工、22年に農林省が引き継いだ。

 一方、児島湾干拓の進展に伴い、農業用水の不足が顕在化してきたため農林省は、延長1,558mの児島湾締切堤防と2つの樋門を築造することで、児島湖を淡水化し、農業用水を確保するとともに、水位を調節して、塩害や高潮から背後の干拓地を守ることにした。こうして、昭和34年には面積約1,100haの児島湖が誕生、その4年後、昭和38年の七区完成により干拓工事は完了した。


常川樋門の写真
常川樋門の写真

常川樋門(岡山市南区西紅陽台)
 児島湾干拓第一区の工事で明治33年ごろに建造されたもので干拓地の田植えの際、農業用水の調整に使われていました。
 第七区干拓完成により、現在は樋門としての機能は停止されていますが、公園のモニュメントとして残っています。
構造
石(花崗岩)・煉瓦造り樋門・単アーチ(1連)
通水部幅2.8メートル、通水部奥行3.9メートル
岡山県指定重要文化財(平成20年3月7日指定)
 


宮川樋門の写真
宮川樋門の写真

宮川樋門(岡山市南区西高崎)
 児島湾干拓第一区の工事で明治33年ごろに建造されたもので干拓地の田植えの際、農業用水の調整に使われていました。
 第七区干拓完成により、現在は樋門としての機能は停止されていますが、モニュメントとして残っています。
構造
石(花崗岩)・煉瓦造り樋門・単アーチ(1連)
通水部幅1.8メートル、通水部奥行3.6メートル
岡山県指定重要文化財(平成20年3月7日指定)


片崎樋門の写真
片崎樋門の写真

片崎樋門(岡山市南区西高崎)
 児島湾干拓第一区の工事で明治33年ごろに建造されたもので干拓地の田植えの際、農業用水の調整に使われていました。
 第七区干拓完成により、現在は樋門としての機能は停止されていますが、モニュメントとして残っています。
構造
石(花崗岩)・煉瓦造り樋門・単アーチ(1連)
通水部幅1.8メートル、通水部奥行3.5メートル
岡山県指定重要文化財(平成20年3月7日指定)
土木学会選奨土木遺産(平成18年11月15日)


丙川三連樋門の写真
丙川三連樋門の写真

丙川三連樋門(岡山市南区藤田大曲)
 児島湾干拓第二区の工事で明治37年7月に建造されたもので、全国にもほとんど残っていない明治期の三連樋門です。
 一部改修されていますが、現在も使用されている重要な排水樋門です。
構造
石(花崗岩)・煉瓦造り・三連
3.6メートルと3.0メートル二連
土木学会選奨土木遺産


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